柴犬の元太から見た日常を楽しくお伝えします♪

毎度、地蔵♪です。

昨日は、義母の誕生日だった。

ワタシと25歳離れてるから、74歳になったのかな?

出逢った頃はまだ義母が50歳だったから、今のワタシぐらいと言う事か・・・。

今思うと若い義母であった。

当時はまだワタシも京都にいて、時々出張で京都に来た義母と逢ってはご飯をご馳走になったりしていた。

その時の義母の格好が、ミニのワンピースにロングブーツ、少しソバージュがかった腰まである長い髪がとても印象的だったのを覚えている。

そんな義母を見て、ワタシより若くね?( ̄∀ ̄;)と思ったものだ。

今となってはワタシが唯一「おかあさん」と呼べる人である。

あれから20数年、姑と嫁でありながら、仕事上では女将さんと若女将として共にぶつかり合いながら今日までやってきた。

正直、義母はなんでも自分の言う事を聞いてくれる嫁が良かったようだけど、ワタシがそんな嫁とは真逆だったため、義母にとっては本当に可愛くない嫁だと思う。

そしてワタシにとっても、なんでも言う事を聞かそうとする性格の義母が今でも苦手である。

それでもここまでやってこれたのは、お互いどこかで必要としている部分があるからなのかもしれない。

実家の母はよくワタシに「なんにもわからんふりしてアホな嫁でいるんやで」と言っていた。

きっと、性格のきついワタシのために姑と上手に付き合っていく方法を母なりに教えてくれたのだろう。

残念ながら、アホな嫁にはなれなかったけど(^_^;)ごめんね。

義母が動なら、母は静と、こちらもまったく反対の性格だったのでワタシの母も実は義母のことが苦手だったようだけど。

そんな義母も、ここ数年の間に身体のあちこちを悪くしてあまり良い状態とは言えない。

昨年の暮れには、出先で倒れて救急車で運ばれたことがある。

もう無理のできない年齢でもある義母。

本来ならワタシが女将としてバリバリに頑張ってなければならないのに、いつまでたっても義母に頼りっぱなしで、どれだけ義母の負担となっていることだろう。

義母も「あんたら2人が自分の力で食べていけるようになるまでは、まだ死ねないわ」と口癖のように言っている。

義母と出逢った頃は義母はすでに第一線で活躍していただけに、今のワタシがどれだけ頼りなく思えていることだろう。

頑張らないと。

お義母さん、こんなワタシだけど、もうしばらくよろしくお願いしますね。




        今日のことば
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         嫁と姑は今も昔もエロエロありますでな。

         元太お店2015-421




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2015.04.21 / Top↑
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